おいでやす近江下田

ジョウセン飴を調べる!の巻

近江下田探偵団

近江下田探偵団「ジョウセン飴」についてお話を伺いました

昔、近江下田には「ジョウセン飴」なる飴があった。
近江下田人にとってはポピュラーなもので、
当フリーペーパー実行委員長(甲西モータース)ナスビィ2号も
幼少の頃それを確かに食べたことがある!と言っていた。
しかし現在「ジョウセン飴」は既に姿を消している。
ナスビィー2号にとっては幼少の甘いキオクであり、
彼の愛する故郷近江下田の特産物だったから
何とか記事に出来ないものかと画策し、今回のプロジェクトは始まった。
情報収集し仲間を集めて最終的に「ジョウセン飴」を復活できないかというこの企画。
先ずは町で一番ジョウセン飴に詳しいであろうお方の一人
山庄製麺所の山中陽子さんにお話を伺った。

そんなん私にきいても何にもわからんで、随分昔に作るのを手伝ってただけやから。
下田ではうちを含めて3軒が「ジョウセン飴」を作ってたな。
昭和の初期にはもう「ジョウセン飴」はあって、店でも売ってたけど
こちらから売りにも出ました。
信楽の人らが陶器の行商に来た帰りに下田で「ジョウセン飴」を仕入れて、
信楽で売ってくれやったという事もありました。
うちの飴は滋養饌(じようせん、早く読めばジョウセン)という名前で売ってました。
おじいさんが考えやった名前ですわ。戦争で一旦製造出来なくなって、
終戦後にまたぼちぼち作りかけました。赤ジョウセンと白ジョウセンがあって、
そのまま冷やしたのが赤ジョウセンやけど、
炊きあがった熱い熱い飴を引っ掛けたり投げつけたりして、
空気を含ませると白くなりますわな、この作業がものすごく難しいんですが、
そうして出来たのが白ジョウセンです。
木箱に山庄の焼き印押して、そこに飴を入れて売るんです。
小さい樽に入れても売りましたな。
お客さんの飴が無くなったらその木箱を返してもらって
新しいジョウセンを買ってもらうんです。入れ物は繰り返し使うんです。
のんびりした良い時代やったね〜。
でな、ほうらい(大きなフライパンみたいなものらしい)に油ひいて飴を炊くんですな。
炊き加減がとてもむずかしいのやけどおじいさんが
熱いままの飴をチョット口に入れて具合を確かめやるんです。
出来たら今度はほうらいごと水槽に浸けてまんべんなく冷やしていくんです。
ちょっと傾けたら水が入ってな、ようおじいさんに怒られた。
うちのおじいさんはそら器用な人で仕事もよう気張らはったナァー。
で、なんの話やったかいな?
そうそう飴やな、ほれ、鈴鹿の入り口に飴売ってるとこあるやろ。
何やったかいな、ん〜 そうそう蟹が坂やったかいな、あるやろ?
そこで売ってる飴が赤ジョウセンやな。多分あんな感じやな。ジョウセン飴は。
(次号に続く)

いきなりお邪魔し、お話を伺いましたが、心良くおきかせ頂きありがとうございました。
山中陽子さんは元気一杯の朗らか母さん。縁の下の力持ちで近江下田を支えてきた一人なんだな
という印象でした。今後ますますお力をお借りしますがどうぞよろしくお願いします。

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山中慎介 日本バンタム級タイトルマッチ決定!!6月20日(日)大阪住吉区民センター
お問合せは 
山中慎介後援会 ㈱ 湖南鈑金
0748-75-2222谷口まで







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