おいでやす近江下田

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2010朝日のぼる年号

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朝日町の朝日舘は84歳!

生い立ちやご商売のことを朝日舘店主 谷口明さんに伺いました

谷の入り口は明るい方が良いということで明と名付けられたんです。
冗談みたいですけど本当なんです。私の祖父は連れ合いと一緒に
北海道の比布に渡り、開墾に携わっていました。そこで生まれた
私の父、三次郎は13歳の時、住み込みで散髪屋にお世話になって
22歳でここ近江下田に戻ってきました。そして昭和元年、朝日舘を
始めたんです。だからこの朝日舘はもう84年の歴史になりますね。
私は七人兄弟の長男として生まれまして、中学三年の時に進学か
働くか迷ったんですが、母親がちょうどその頃具合が悪くて
理容の仕事に就くことにしたんです。
父親のもと仕事を始めた当初はそれはよく気張りました。
毎週、日曜の夜、仕事を終えてから大阪の散髪屋さんに勉強に通いました。
月謝を払って働かせてもらったんです。
そのおかげで理容技術はしっかり身に付きましたよ。
そして今、息子夫婦と一緒に仕事させてもらってます。
幸せなことです。今まで朝日舘を育ててもらったお客様をこれからも
ずっとご面倒みさせて頂けるんですからね。
 しかしこの通りも静かになりました。
朝日町だけではなく下田全体かもしれませんが。
昔は沢山の方が近江下田にお買い物に来て下さいました。
近隣の町、例えば水口の伴谷や竜王、わざわざ三雲駅
からバスに乗り換えて遠方からも、それは賑わい溢れる毎日でした。
「ちょっと一服しとくれやす」とお店はお声をかけて、
お客様も「おおきに」とお店で歓談するような、
今では考えられない活気に溢れてました。
大型店が沢山出来て、お客様の流れは変りました。
これは時代の流れなんだと思います。
ですから私は決して昔に戻って欲しいと思ってるわけではないんです。
商店街の持つ良さを生かして、古き良き新しい町に
生まれ変わらないものかといろいろ考えてます。
 例えば定年退職された方が趣味を生かした
週末だけのお店を出してもらうとか、
そこに行けばいつも誰かがいて、
お茶を頂けたり音楽が鳴っていたりというような。
漠然としているんですがそんな楽しい町をこの朝日町から
作っていけたらと思っています。
理想は下田の子ども達がここに残り、生活したいと思えるような町ですね。
 私にはちょっとした信条がありましてね。
「朝は希望を持って起きよ 昼は努力せよ 夜は今日も一日ありがとうと感謝せよ」
と毎日肝に銘じて頑張ってます。
あの小さな掛軸いいでしょう。
「今日の笑顔は明日の元気」いい言葉です。
家内が気に入って買ってきたんです。


今回お話を伺いました近江下田のパワーピープルは朝日舘店主の谷口明さん。清潔で明るい店内は思わず眠くなってしまいそうなリラックススペースでした。長きにわたり、近江下田のお洒落さんを育ててきたお店。さすが店主の谷口さん。服はシュッと髪はピシッと整った昭和の男前でした。お客様のおられる中、お忙しい中、長時間に渡りお時間をいただき本当にありがとうございました。












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世界へ行ってもキモチは下田代表です!

近江下田出身のプロボクサー山中慎介さんにボクシングのこと下田のことを伺いました

こんにちは どうぞよろしくお願いします。
現在、僕は東京の帝拳ジムでお世話になってまして
階級は日本バンタム級2位です。
今はまだボクシング一本では食べられませんから、
朝から夕方までラーメン屋でバイトして、
その後ジムへ行きトレーニングしています。
僕は生まれも育ちも近江下田で、
ボクシングは幼少の頃よりなんとなくあこがれてた感じでした。
中学三年の時には気持ちもかたまり、
ボクシングの出来る京都の高校に進学しました。
高校では国体で優勝し、インターハイでは準優勝でした。
その後推薦をもらって、神奈川の専修大学に進学しました。
ボクシングが大好きでボクシングで進学したわけですから、
頑張って練習しましたがやはり壁はあるもので・・・
正直くさってた時もありました。
練習に身が入らないっていうか、もういいやという感じで。
その時、僕は専修大学のキャプテンだったんですが、
僕にとっての最後の試合があまりにも情けない結果で終わってしまったんです。
その時ですね、このままだったら僕は一生後悔すると思いました。
そして世界に行こう!と決心したのもその時でした。
今はまだ世界が見える位置まではいってないですけど、
とりあえず夏ごろには日本タイトルマッチが決まりそうなので、
しっかり勝って、今年は世界に挑戦できる位置までいきたいと思ってます。
 でもね、僕はどんな時だって下田代表のつもりで闘ってるんです。
下田は大好きな町ですから、まあ故郷ですから当たり前かもしれませんが、
みんな知ってる人で落ち着きます。
東京ではこうはいきませんからね。
階級があがり、もっと強くなって世界のリングに立つ時もきっと、
僕は近江下田代表としてそこに立つつもりです。
 下田の子ども達にメッセージですか? 
そうですね「好きなことには努力しなさい 
すれば必ず結果はでるから」ですね。それは僕の信条でもあります。
 今度僕の試合の応援に来てもらえませんか?頑張りますよ!
今日はありがとうございました!



ナスビィ2号のお店でゆっくりしてましたらお店の電話が鳴りました。
「ええ〜!息子さん帰ってやんの?ほな今から取材お願い出来ないやろか?」
今回どうしても記事にしたかった山中慎介さんのお父さんからでした。
しばらくたって、自転車で現れた彼は、物腰のやわらかいオトコ前の好青年でした。
挨拶をかわし、早速取材がはじまりました。
インタビューが終わって、写真撮影の時にファイティングポーズをお願いしました。
それまでの優しい青年が急に眼光鋭いボクサーになったとたん、
隣にいたナスビィ2号は思わずスパークリングのポーズ!!(無理です)
突然でしたが取材を心良く受けて頂いた山中慎介さん、
本当にありがとうございました。
今後のますますのご活躍心より応援しております。
そして必ず応援に行かせて頂きます。近江下田発、東京行きのバスに乗って。







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